『建築家は住まいの何を設計しているのか』藤山和久(筑摩書房)

建築というものに漠然とした興味は常に持っているので、本書も自然と手にとったのだが、「建築家」「設計」といった単語から想像するような大仰なテーマではなく、「住宅設計に関する小話の集まり」で、筆者も「住宅業界の関係者なら、いずれもおなじみの話…

『瞬間』ヴィスワヴァ・シンボルスカ(未知谷)

1996年にノーベル文学賞を受賞したシンボルスカが、受賞後はじめて出版した詩集が本作だという。どの詩も静謐さと重厚さをたたえながら、軽やかな語りを拒んでもいない。 裏表紙にも印刷されている「とてもふしぎな三つのことば」は、三つの文から成る。 「…

『体はゆく できるを科学する〈テクノロジー×身体〉』伊藤亜紗(文藝春秋)

本書の目的は、「できるようになる」ことの不思議さや豊かさを改めて想起させ、能力主義(「できる=すぐれている」「できない=劣っている」といった価値観)によって奪われてしまった「できる」の醍醐味を取り戻す。そのために五名の研究者(古屋晋一、柏…

『「気の持ちよう」の脳科学』毛内拡(ちくまプリマー新書)

著者は「もうないひろむ」と読む。専門は神経生理学、生物物理学。 「はじめに」の冒頭で筆者は言う。 「心の病は、心の弱さのせいではない。脳という臓器の疾患だ。 これが本書を通して僕が一番伝えたいことだ。」 心に起こる変化はすべて身体のメカニズム…

『時ありて』イアン・マクドナルド(早川書房)

原題:TIME WAS(下楠昌哉 訳) 「古書ディーラーのエメット・リーが、閉店する書店の在庫の山から偶然手にした詩集『時ありて』。凝った造本の古ぼけた詩集には、一枚の手紙が挟まれ、エジプトで書かれたと思われるその手紙には、第二次大戦下を生きた二人…

『読書道楽』鈴木敏夫(筑摩書房)

鈴木敏夫という人物に改めて興味を持ったのは、書籍『ALL ABOUT TOSHIO SUZUKI』に触れてからで、それは同時に、物事に取り組むときの自覚的な「編集」という観点の獲得にもつながった。鈴木敏夫の仕事の流儀は彼ならではものだし、決して真似などできないの…

『製本屋と詩人』イジー・ヴォルケル(共和国)

(大沼有子 訳、2022年) 本書には、「二十世紀のチェコを代表する革命詩人、イジー・ヴォルケル(1900−24)が、二十四年足らずという短い生涯のうちに数多く遺した物語や詩などから、訳者が選んで収録」されている。「日本でヴォルケルの作品がまとまって紹…

『White Eye(白い自転車)』Tomer Shushan

原題:White Eye 監督:Tomer Shushan ブリリア ショートショートシアター ONLINEにて観賞。(1月11日まで配信) アカデミー賞の短篇映画賞にもノミネートされた本作。20分弱の本編はワンカット。夜のT字路で交錯する人生が語る「正義」の不条理。短篇とい…

『PACHINKO/パチンコ』コゴナダ、ジャスティン・チョン(Apple TV+)

原題:Pachinko 監督:Kogonada(第1話〜第3話、第7話) Justin Chon(第4話〜第6話、第8話) 音楽:Nico Muhly 撮影:Ante Cheng(『ブルー・バイユー』) Florian Hoffmeister(「Tár」) 以前、一年間無料でApple TV+が見られたにも関わらず、見逃したま…

『宗教を「信じる」とはどういうことか』石川明人(ちくまプリマー新書)

自身もキリスト教徒である筆者は本書で「『信じる』という言葉の意味や、その行為の曖昧さについて問いながら、宗教という人間ならではの不思議な営みについて考えていきたい」と言って、語り始める。特定の信仰を持っていない私にとって、一般的な「信じる…

『香港少年燃ゆ』西谷格(小学館)

年末にポレポレ東中野で『少年たちの時代革命』と『理大囲城』を見た。2019年の香港でのデモに関する知識が乏しかった私は、その後、たまたま本書を手に取った。筆者が香港のデモ現場で出会った少年(2019年当時15歳)を「取材」し続ける(2021年にも彼を追…

『理大囲城』香港ドキュメンタリー映画工作者

原題:理大圍城 英題:Inside the Red Brick Wall ある場面だけでその映画の記憶が心に深く刻み込まれるとき、その場面には言葉にならないものが蠢いている。本作の終盤に出てくる「階段」がまさにそれで、カメラが捉えている人物たちの表情もわからないのに…

『いきている山』ナン・シェパード(みすず書房)

(芦辺美和子、佐藤泰人 訳) 著者であるナン・シェパード(1893ー1981)が生涯通い愛した、スコットランド北東部のケアンゴーム山群。彼女が同地での経験をもとに書き上げた作品。本書にも収められている、ロバート・マクファーレンによる「序文」には次の…

『カレル・チャペックの見たイギリス』カレル・チャペック(海山社)

原題:Anglické listy(英語訳 Letters from England) 栗栖茜 訳(2022年、海山社) 夏目漱石がロンドン留学をしていたのは1900年から1903年。1903年生まれのジョージ・オーウェルが『1984年』を書き終えたのは1949年。本書に収められたイギリス滞在記がカ…

『スマホ・デトックスの時代』ブリュノ・パティノ(白水社)

表紙に浮かぶ金魚。副題も、「金魚」をすくうデジタル文明論。(ちなみに、本書の続編タイトルは「金魚鉢の中の嵐」らしい。) ある実験結果によると、金魚が継続して集中できる時間は、八秒未満。つまり、金魚は八秒後には別のことへ関心は移り、金魚の精神…

『ゴッド・セイブ・アス マドリード連続老女強姦殺人事件』ロドリゴ・ソロゴイェン

原題:Que Dios nos perdone 監督:Rodrigo Sorogoyen 今年の東京国際映画祭で三冠(グランプリ、監督賞、男優賞)を獲得した『ザ・ビースト』の監督ロドリゴ・ソロゴイェンの2016年の作品。『ザ・ビースト』を映画祭で観た直後にスターチャンネルでたまたま…

『野原』ローベルト・ゼーターラー(新潮クレスト・ブックス)

(浅井晶子 訳、新潮社、2022年) ブルーノ・ガンツの遺作となった『17歳のウィーン』の原作者でもある、ローベルト・ゼーターラー(原作本は『キオスク』東宣出版)。 前作『ある一生』も新潮クレスト・ブックスより刊行され好評のようだが(私は未読)、本…

『あのこと』オードレイ・ディヴァン

女性だけが子供を産めるという事実を、私たちは「どれだけ」知っているのか。それが何を意味するかを、男性は「どうやって」知るのか。おそらくそれは、出産を描いた作品からは得られないものなのだと思い知らされた。絶対に産まないと決意した女性の闘いの…

『切手デザイナーの仕事』間部香代(グラフィック社)

本書のタイトルは『切手デザイナーの仕事〜日本郵便 切手・葉書室より〜』。最初、副題に「?」となったものの、冒頭に説明がある。 「切手デザイナーという職業がある。 彼らは日本郵便の職員で、現在8人。 1年に約40件発行されている特殊切手、そしてもち…

『マザーズ(Shelley)』アリ・アッバシ

原題:Shelley 監督:Ali Abbasi 『ボーダー 二つの世界』でカンヌある視点部門グランプリを受賞し、今年はカンヌのコンペに『Holy Spider』が選出された(女優賞を獲得)アリ・アッバシの長編デビュー作。 ジャンル映画の意匠をまとっているように見せかけ…

『自殺の思想史』ジェニファー・マイケル・ヘクト(みすず書房)

筆者は、自分の友人の自殺を契機に、現代の私たちが生と死に対してどのような認識をもっているかについて歴史と哲学の観点から研究を進めていった。それを発展させ、自殺がどのように社会で、学問や芸術の領域で考えられてきたのかを分析することで、自殺と…

『VORTEX』ギャスパー・ノエ

原題:Vortex 監督:Gaspar Noé (フランス映画祭2022にて鑑賞) エンドロールから始まり、クレジットには氏名と共に生年が提示される。 開巻しばらくすると、画面は二分割される。その二つの画面は別の人物を追うこともあれば、一画面と変わらぬ画にただ「…

『みんなが手話で話した島』ノーラ・エレン・グロース(早川書房)

現在では有名なリゾート地となっている、アメリカ東海岸マサチューセッツ州のマーサズ・ヴィンヤード島。そこでは、20世紀初頭まで、遺伝性の聴覚障害をもつ人が多く存在し、誰もが(聾者、健聴者かかわらず)ごく普通に手話を使って話していたという。そう…

『冬の旅』アニエス・ヴァルダ

原題:Sans toit ni loi(英題:Vagabond) 監督:Agnès Varda 本作は、主人公であるモナの死体が発見される場面から始まる。そして、彼女と出会った人々の証言に導かれながら、彼女の旅路が映し出されていく。彼女の末路は前提となるも、旅の始まりは全く描…

『新訳 老人と海』アーネスト・ヘミングウェイ、今村楯夫 訳(左右社)

本書には、60頁以上にわたる「訳者解説」がある。その中で、訳者の今村氏は次のように語っている。 「私が新たな翻訳に挑戦してみたいという思いを抱くに至った理由は、自分の納得できる言葉と表現で訳してみたいという思いと、これまでの翻訳書がいずれも、…

『アーレントの哲学 複数的な人間的生』橋爪大輝(みすず書房)

「本書は、筆者が研究生活を開始してから現時点までのアーレント研究の、ひとまずの集大成という位置づけをもつ。」(「あとがき」より) 筆者の博士論文を基づき、大幅な改稿を行って書籍化された本書は、学術研究然とした佇まいを持ちながらも、適宜身近な…

『ハンナ・アレント 全体主義という悪夢』牧野雅彦(講談社現代新書)

「アレントをまだ一度も読んだことのない人に、そのエッセンスをわかりやすく説明する」という編集者から与えられた課題に応えるように、100頁ほどのコンパクトに凝縮された内容は、アレントが語った全体主義の本質に触れる好機を与えてくれる。 一気呵成に…

『アフター・ヤン』コゴナダ

原題:After Yang 監督:Kogonada “テクノ”と呼ばれる人型ロボットが、一般家庭にまで普及した未来世界。茶葉の販売店を営むジェイク、妻のカイラ、中国系の幼い養女ミカは、慎ましくも幸せな日々を送っていた。しかしロボットのヤンが突然の故障で動かなく…

『大都市はどうやってできるのか』山本和博(ちくまプリマー新書)

ちくまプリマー新書は、中高生でも読みやすいことを念頭に書かれていることもあって、表現のみならず内容的にも「親切さ」と「公平さ」への意識が非常に高い印象があり、読みやすさのみならず、思考の広がりをもたらしてくれる良書が多い。そんなこともあっ…

『映画をめぐるディアローグ ゴダール/オフュルス全対話』

ジャン=リュック・ゴダール × マルセル・オフュルス 序文:ヴァンサン・ロヴィ、アンドレ・ガズュ 後記:ダニエル・コーン=ベンディット 福島勲 訳 (読書人、2022年) ジャン=リュック・ゴダールとマルセル・オフュルスが行った二度の公開対談(2002年、…