『教養としてのデニム』藤原裕

『教養としてのデニム』藤原裕(KADOKAWA、2022)

 

著者名を見て一瞬、藤原ヒロシ?と思ってしまったが、その名は「ふじわらゆたか」と読むそうだ。原宿の老舗古着屋「BerBerJin(ベルベルジン)」のディレクターを務めているとのこと。

 

書名の「教養としての」という表現はやや大袈裟すぎる気もするが、「情報」や「知識」よりも時間的な広がりを持つ有効性を念頭に書かれていることが判る分、そうしたタイトルも悪くないと思わせてくれる。

 

著者自身が「ヴィンテージ」に魅せられた経験や、デニムの歴史において「ヴィンテージ」概念が或る側面での大きな貢献を果たした(反面、衰微の契機にもなり得る)こともあり、一般的なデニムの歴史や市場、現在性にも必ず「ヴィンテージとしてのデニム」の内容が盛り込まれているのが面白い。私自身はそういったアイテムには縁遠いものの、そういった人間にとっても興味が湧くような書き方が努められていて、好感。ヴィンテージの魅力を伝えたい想いが著者にはありつつも、デニム文化そのものの継承なり発展なりを願っているからだろう。また、著者は出身が高知県という〈中心〉への憧れを素直に体現できた環境であり、そういったアプローチで体験する文化の醍醐味を身を以て理解してきた。身近なものの遠大なる延長にある特権性。それはデニムそのものが持っている二面性でもある。

 

勿論、ヴィンテージ以外というか以前に、デニムの基本的な歴史や知識がわかりやすく順を追って解説されている。しかも、おそらく著者が現役のショップ店員であり、そうであることに自負というか楽しみを実感していることもあってか、まさに「これからデニムに親しんでみたい」と思っている初来店客に親切に接客していくようなイメージで語られている。入店を躊躇いながらも思い切って入った矢先、店員から耳慣れないワードが連発されて心が折れそうになる…といった客側心理をよく理解してくれたうえでの言葉づかい、語り口であるように思う。

 

デニム文化の知識をなるべく裾野を広くおさえようといった心意気を感じさせるのが、書きづらいであろう「ユニクロデニム」についても語られている章。語る必要のない主観は避けつつ(それで好いと思う)、デニム文化への貢献には敬意を表している。「世界トップクラスのメゾンからオファーが殺到するほど」という日本のデニム生地の最大手「カイハラ」が「ユニクロ」のデニム製造において協業しているという事実が紹介しされている。その「カイハラ」という企業の在り方そのものにも、今後の日本の企業戦略を考える上で様々なヒントが隠されていそうに思われる。

 

*余談*

巻末にデニム愛好著名人との対談が収録されていて、その最初に登場している今市隆二のプロフィール欄に誤植があり、「986年神奈川県生まれ」とある。たった一文字、「1」が抜けただけで、途方もない壮大な世界が広がる。もし「986年生まれ」であったなら、「三代目」というグループ名が重みを増す。