『ビッグ・イン・ジャパンの時代』(BURRN! 叢書 29)

『ビッグ・イン・ジャパンの時代(BURRN! 叢書 29)』

  (シンコーミュージック・エンタテイメント、2022年)

 

雑誌『BURRN!』編集部員の幅由美子が、同誌編集長の広瀬和生にインタビューする形式。最初(第1章 総論)と最後(第13章 総括)で90年代を中心とした「ビッグ・イン・ジャパン」現象を振り返る。第2章から第12章では各章でバンドを一組ずつ取り上げている(そこで取り上げられているのは、イングウェイ・マルムスティーン、MR.BIGFAIR WARNINGROYAL HUNTHAREM SCAREM、NIGHT RANGER、グレン・ヒューズ、ジョー・リン・ターナーHELLOWEENBON JOVIDOKKEN)。

 

本書で扱っているのは、いわゆる「ハードロック」や「ヘヴィ・メタル」として認知されるようなタイプの音楽なので、その方面に明るくない自分としては、馴染みのある固有名詞や興味のある話題のところを拾い読みした程度だが、全体を通して繰り返し強調されていた事実としては、「90年代はとにかく日本でCDが売れた」「日本で売れる必要条件は女性ファンからのアイドル的人気」という二点に尽きるように思う。ただ、これは90年代日本のハードロック市場におけるビッグ・イン・ジャパンという現象にだけ見られる特殊な事情ではなく、日本のエンタメ業界に共通する側面な気もする。例えば、映画業界で邦画実写がやたらと集客できた時の状況にも同様の傾向があった。そして、「とにかく売れる」という現象は、二番煎じや二匹目の泥鰌を狙う傾向を促しもしたが、その一方で、「平時」であれば冒険や挑戦として切り捨てられたであろう領域に光が当てられる寛容さもあったように思う。そうした時期に息づいた「遊び」の部分をリスナーとして享受できたかどうかは、文化的感性に大きな影響を与えただろう。バブル崩壊という経済の破綻が音楽業界にかつてない好景気をもたらしたメカニズムや、その現象の功罪についてはもっと語られたりしてもよいと思うし(単なる回顧録的な次元ではなく)、そうした分析こそが、経済の停滞がデフォルト化した日本社会において「ある分野の活性化を図る」ヒントになったりするのではないかと思う。

 

とりあえず本書を読んで思うのは、「売れる」とお金が本当に集まって来て、お金がたくさんあれば「やること」のハードルは必然的に下がるんだな、ということ。それは、雑誌の取材で海外にバンバン出て行けたり、海外アーティストをプロモーションや取材だけでバンバン来日させたりといった業界内の動向だけに限らず、CDを買ったりライブに行ったりするファンたちの動きにも気前の好さや熱量が増大の一途だったんだろうことが見えてくる。だから、とにかく人もモノも金も動きまくっていた訳で、景気の好さというのは回ってなんぼなんだなってことがよく判る。そして、資本となるお金があることは重要だけれど、時間の余裕というのは強度の熱気によってしか捻出されないのかなとも思う。貧乏暇無しがその通りであるならば、日本に好景気が再来しない限り、文化的な熱気など夢のまた夢なのだろうが、今では時間を捻出するさまざまなツールがあったり、ライフスタイルの多様性もあるはずなので、マネーで盛り上がった90年代とは違った形で、日本の音楽業界はじめ様々なエンタメ産業の隆盛が再び見られたりはしないものだろうか。そのためにはまず、ユーザーのガチガチになった財布の紐が緩まぬことにはどうにもなるまい。ただ、その紐をどうにかするためにはまず、文化の発信者の側の気前のよさが決め手になる気がする。「ビッグ・イン・ジャパンの時代」がそうであったように。緩みがちな財布の紐ばかりに手をかける現状のやり方では市場の拡大は起こらぬばかりか、貴重な「資源」すら早々に食いつぶしてしまうように思えてしまう。文化方面での先行投資的発想があまりにも希薄な状況を打破し、エンタメ業界全体がもっと〈啓蒙〉の観点を持って“土壌”全体を肥沃なものにしていって欲しい。

 

BON JOVIの章で語られていた話で興味深かったのが、彼らが1995年にイギリスのウェンブリー・スタジアムで2日間公演をしたとき、なんとVAN HALENが前座扱いだったという話。しかも、観客もそういった認識で、VAN HALENのときには「Jump」と「Panama」で盛り上がる程度で、BON JOVIが出てきた途端に総立ち大盛り上がりだったとか。その年に発売された「THESE DAYS」は全米9位に対して、日本とイギリスでは1位だったようなので、そういった状況や反応は自然なのかもしれないが、同じ英語圏アメリカとイギリスよりも、日本とイギリスの方がBON JOVI好き(しかも、VAN HALENアメリカでの大人気ほどには至らない)という点で共通するっていう感じが、嗜好っていうものの決定要因の妙を思わせてくれたりする。(個人的には、やっぱり湿度って大きいんだなって感じる。)そう考えると、同じ90年代の日本におけるブリット・ポップ人気は、ただ単に音楽市場の好景気の影響だけではなかったのかもしれない。