『マザーズ(Shelley)』アリ・アッバシ

原題:Shelley

監督:Ali Abbasi

 

 

『ボーダー 二つの世界』でカンヌある視点部門グランプリを受賞し、今年はカンヌのコンペに『Holy Spider』が選出された(女優賞を獲得)アリ・アッバシの長編デビュー作。

 

ジャンル映画の意匠をまとっているように見せかけながら、むしろジャンルを拒絶していたことに見終えて気づく。「見せない」ことが伏線なのではなく、「見えない」ことに意味がある。何も映っていないのではなく、映っているすべてが語っている。

 

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Shelley (film) - Wikipedia

 

ローズマリーの赤ちゃん』を意識したキーヴィジュアル、タイトルである『Shelley』(生まれてくる赤ん坊の名前)からも判るように、本作の中心には「赤ちゃん」という大きな空洞が据えられている。邦題はそれとは逆の「母親」へと重点化しているので(しかも複数形で『マザーズ』)、母胎なり母性なりがテーマの中心にあるかのように錯覚してしまうが、代理母を務めるエレナにしろ、凍結卵子を提供するルイスにしろ、彼女らには母性が内発しない。母胎が働きかけるのではなく、母胎はのっとられる。物理的(エレナ)にしろ、心理的(ルイス)にしろ。

 

電気も水道もない家に住み、文明に背を向けるかのような生活をしている夫婦。しかし、彼らが望んだ代理母出産。自然(あるいは神の摂理)への反逆は、母子の関係を歪め、無垢の意味を変える。目的や意味を意識せずにただただ生きているだけの新生児の無邪気さは、無であるがゆえに邪気の源泉であるかのように映ってしまう。対話できぬ自然との関係は、自らに宿る疑心を増幅させる。息子と一緒に住んでいないエレナ、ルイスとの交渉を持たずして父になるカスパー、そんな「不自然」に対する違和感は、心のなかに強迫観念をふくらませ、「不自然」に呑み込まれる恐怖を増大させる。

 

フランケンシュタイン』の作者はメアリー・シェリー(Shelley)。新生児である「彼女(Shelley)」がもたらしたのは、母胎を破滅させる怪物だったのかもしれない。ルイス夫妻の家には電気がなく、明かりはすべて火であった。彼らは「現代のプロメテウス」になったのかもしれない。