ボテロ展 ふくよかな魔法(Bunkamura ザ・ミュージアム)

ボテロ展 ふくよかな魔法

会場:Bunkamura ザ・ミュージアム

期間:4月29日〜7月3日       

 

複製技術に拠って立つ映画の場合、何を(何処で)見れば「本物を見た」ことになるのかが難しいが、絵画や彫刻などの美術作品であればそれが明白である故に、体験そのものの特権性を体感しやすい。それだけでも「足を運ぶ」ことの価値を感じるのが美術館という場。そして、実物に触れた感動を持ち帰りたい欲求を満たすべく足を踏み入れるも、複製の限界を突きつけられて断念するしかないミュージアムショップ。なぜあれほど心を揺さぶった絵画が、ポストカードになるとこれほど平板になってしまうのか。それ以前に、なぜあの絵がポストカードになっていないのか。そんな落胆が熱冷ましとなって後にする美術館。でも、だからこそ本物にしか宿らないアウラを再認識し、作品に直接触れることの意義に満足できるのが美術展。

 

今回の「ボテロ展」、そういった気持ちの落差が通常とは逆。メディアで目にした作品の方が「しっくり」来てしまう感じがし、実物を目の前にすると居心地悪い気が。絵の前に立ってじっくり向き合いたい気持ちになれない。一枚一枚が大きく、そうした存在感はあるのだが、描かれる形状はヴォリュームを感じさせるものの、油絵の具のヴォリュームがあるわけではない。水平的拡がりに対して、垂直的迫力に欠ける気がしてどこか物足りない。これはもう完全に個人的な好みの問題だとは思う。ただ、そうした自分のなかでの違和感の正体が、展示を見終えてミュージアムショップに来たときに判然とした。

 

物販の異様なまでの充実ぶり。東京会場での開催後に巡回予定があることもあるだろう。最近では物販の盛り上がりとSNS上での映え具合によって成否が分かれそうな傾向もありそうな美術展。ボテロ展でも、「ここからは撮影OK」の最後の一角は完全に撮影会会場になっていた。確かにボテロの絵はそういう使い方にはもってこいだなと妙に納得して撮影風景を眺めてしまう。絵と並んだ人物は痩身効果が期待できるし。そうやってボテロの絵に一気に「親しみ」が増した後、目に飛び込んでくるグッズの数々。大判でこそ映えるはずのボテロ絵画の迫力が削がれるどころか、見事にキャラクター化した意匠性が充満するミュージアムショップ。そうなることの必然を感じるほど見事に商品化されているグッズたちに感心していると、展示会場では滑らかに歩を進めていたギャラリーも大渋滞の会計の列。

 

彫刻作品が見たいな…と思っていたら、会場外の地下1階テラスに一つだけあったらしいのだが、「作品リスト」には掲載されていないし、会場に目立つようには案内も出ていない。不親切だし、そもそもなぜ展示会場で展示作品として加えないのだろう。Bunkamuraの入り口とかに展示してあるなら客寄せ効果があるかもしれないが…。今回の展覧会は「ボテロ本人の監修」らしいので本人の意向なのかもしれないが、やたらと最近(2000年以降)の作品が多く、彼の画業の変遷を見ることは叶わず、それも「どこかキャラクター展っぽい」印象を持ってしまった一因かもしれない。「本人監修」というのも一長一短なのかな。(ミュージシャン本人選曲のベストアルバムとかって微妙なことあるし)

 

ちなみに、チラシを開いてみて驚いたが、本展のオフィシャル・サポーター(ってなんだよ)は「BE:FIRST」で、声優が担当している音声ガイドのナレーションにも参加しているらしい。最近ではようやく反省に向かいつつある外国映画の人気タレントによる吹替。美術展の音声ガイドは、しばらく続く(もしくは大展開していく?)かもしれない。