2022-05-01から1ヶ月間の記事一覧

『ファミリア・グランデ』カミーユ・クシュネル

『ファミリア・グランデ』カミーユ・クシュネル(土居佳代子訳、柏書房、2022年) 本書には冒頭に「訳者まえがき」がある。(私は「訳者あとがき」から最初に読む癖があるので、物理的位置に関わらず前もって読んでいただろうが。)そこでは、本書の出版時(…

『トップガン マーヴェリック』ジョセフ・コシンスキー

トニー・スコットが監督したトム・クルーズ主演の『トップガン』(ト揃いな映画だったんだな)を初めて観たのは、トニー・スコット追悼特集として組まれた早稲田松竹の2本立てだった。今から10年前の2012年。彼の遺作となってしまった『アンストッパブル』が…

光陰礼賛——モネからはじまる住友洋画コレクション(泉屋博古館東京)

住友コレクションの一角を占める近代洋画は、住友吉左衞門友純(春翠)が明治30年(1897)の欧米視察中のパリで印象派の画家モネの油彩画2点を入手した事に始まりますが、その一方で同時代のジャン=ポール・ローランスなどフランス・アカデミーの古典派絵…

『氷の城』タリアイ・ヴェーソス(国書刊行会)

『氷の城』タリアイ・ヴェーソス (朝田千惠/アンネ・ランデ・ペータス訳、国書刊行会、2022年) 20世紀ノルウェー文学を代表する作家・詩人であるタリアイ・ヴェーソスは、ノーベル文学賞に30回もノミネートされたという。初めて読む私はその情報に畏れ構…

『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』ケリー・ライカート

『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』(2016) 監督:ケリー・ライカート(ケリー・ライヒャルト)Kelly Reichardt 原題:Certain Women 主人公たちは皆、自分に課された務めを果たしつつ、自分なりの愉しみに生きる希望を見出している。しかし、それは…

篠田桃紅展(東京オペラシティ アートギャラリー)

昨年3月、107歳で逝去した篠田桃紅の「長きにわたる活動の全貌を紹介するとともに、その広い射程と現代性を今日的な視座から検証する」展覧会が、東京オペラシティ アートギャラリーで6月22日水曜まで開催している。 彼女の名を私は「桃江」だと思い込んでい…

『この道の先に、いつもの赤毛』アン・タイラー

『この道の先に、いつもの赤毛』アン・タイラー (小川高義訳、早川書房、2022) よく出来た小説を読むと、“普通の人”というのは「神話」の登場人物に過ぎないということがよくわかる。“普通の人”というが、「平均の集合体」であるとするならば。 よく出来た…

『マイスモールランド』川和田恵真

今年3月にNHK-BS1で放映された本作を観た。瑞々しい実直さが画面に充満していた。「懸命に生きている人物たち」を懸命に生きているキャストたち。それをまっすぐに見つめるカメラ…を忘れてしまう、まなざし。テレビというメディアに載ったことで、マスメディ…

『マザリング・サンデー』グレアム・スウィフト

『マザリング・サンデー』グレアム・スウィフト (真野泰訳、新潮クレストブックス、2018) 27日公開の映画『帰らない日曜日(原題:Mothering Sunday)』の原作。主人公をオデッサ・ヤングが演じ、その相手役をジョシュ・オコナー(『ゴッズ・オウン・カン…

『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』フィリップ・ファラルドー

『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』フィリップ・ファラルドー 監督:フィリップ・ファラルドー(Philippe Falardeau) 原題:My Salinger year 原作も映画もタイトルは《My Salinger Year》。原作の邦題は『サリンジャーと過ごした日々』。内容からすると、…

『善人たち』遠藤周作

遠藤周作没後25年にあたる2021年の12月、彼の未発表戯曲三本が発見されたことが発表された。いずれも1970年代後半の執筆と目される三本を収録し、単行本として刊行された。 「善人たち」の舞台は、日米開戦が間近いアメリカ・ニューヨーク州のオールバニイ。…

『スモール・アックス』スティーヴ・マックイーン

「スモール・アックス」スティーヴ・マックイーン 監督:スティーヴ・マックイーン(Steve McQueen) 原題:Small Axe *「axe」は、「おの、まさかり」。 (スターチャンネルにて鑑賞) 本作はTVシリーズでありながら、5本の映画のような作りになっている。…

『教養としてのデニム』藤原裕

『教養としてのデニム』藤原裕(KADOKAWA、2022) 著者名を見て一瞬、藤原ヒロシ?と思ってしまったが、その名は「ふじわらゆたか」と読むそうだ。原宿の老舗古着屋「BerBerJin(ベルベルジン)」のディレクターを務めているとのこと。 書名の「教養としての…

『I Was at Home, But...(家にはいたけれど)』アンゲラ・シャーネレク

『I Was at Home, But...』(2019) 監督:アンゲラ・シャーネレク(Angela Schanelec) 原題:Ich war zuhause, aber (MUBIにて鑑賞) ベルリン国際映画祭(2019年)で監督賞を受賞した作品。審査員長はジュリエット・ビノシュ。金獅子賞はナダヴ・ラピド…

『乾いた人びと』グラシリアノ・ハーモス

『乾いた人びと』グラシリアノ・ハーモス(高橋邦彦訳、水声社、2022) ブラジル映画の新しい潮流「シネマ・ノーヴォ」の映画作家ネルソン・ペレイラ・ドス・サントスによる『乾いた人生』(1963)の原作。映画の方は以前アネテフランセでの上映時に観たこと…

『チェインドッグ(死刑にいたる病)』櫛木理宇

『チェインドッグ(死刑にいたる病)』櫛木理宇(早川書房、2015年) フィクションを享受するためには共感や感情移入が必要だと言われるし、たしかにそれらが実際に享受しやすくさせもする。ところが、犯罪者を扱ったフィクションが膨大に算出される現今下、…

『編集者とタブレット』ポール・フルネル

『編集者とタブレット』ポール・フルネル (高橋啓訳、東京創元社、2022年) 変わりつつある出版界。紙の本は消えるのか? 読者は何を求めるのか? 古きよき時代の編集者が直面する時代の荒波。彼の驚きと哀しみと当惑はすべての出版人と読書人アルアルとい…

『ベルイマン島にて』ミア・ハンセン=ラブ

『ベルイマン島にて』(2021) 監督:ミア・ハンセン=ラブ(Mia Hansen-Løve) 原題:Bergman Island 入れ子構造をもった本作は、何から何までがそうした構造下にあることを思わせる。ベルイマンの物語の下に、ミア・ハンセン=ラブ自身の物語の下に、映画…

『インフル病みのペトロフ家』キリル・セレブレンニコフ

マジックリアリズム的な世界が展開される本作には、発熱する人物と極寒の世界が交錯する社会や時代が映し出されている。熱にうなされるとき、境界を維持する〈常軌〉は無化し出す。誰もが自分のなかに熱を持っている。平熱すらも各々違う体温が、〈外気〉か…

『フォンターネ 山小屋の生活』パオロ・コニェッティ

『フォンターネ 山小屋の生活』パオロ・コニェッティ (関口英子訳、新潮社、2022) 30歳になった僕は何もかもが枯渇してしまい、アルプスの山小屋に籠った。都市での属性を解き放ち、生きもの達の気配を知り、五感が研ぎ澄まされていく。世界的ベストセラー…