2022-12-01から1ヶ月間の記事一覧

『理大囲城』香港ドキュメンタリー映画工作者

原題:理大圍城 英題:Inside the Red Brick Wall ある場面だけでその映画の記憶が心に深く刻み込まれるとき、その場面には言葉にならないものが蠢いている。本作の終盤に出てくる「階段」がまさにそれで、カメラが捉えている人物たちの表情もわからないのに…

『いきている山』ナン・シェパード(みすず書房)

(芦辺美和子、佐藤泰人 訳) 著者であるナン・シェパード(1893ー1981)が生涯通い愛した、スコットランド北東部のケアンゴーム山群。彼女が同地での経験をもとに書き上げた作品。本書にも収められている、ロバート・マクファーレンによる「序文」には次の…

『カレル・チャペックの見たイギリス』カレル・チャペック(海山社)

原題:Anglické listy(英語訳 Letters from England) 栗栖茜 訳(2022年、海山社) 夏目漱石がロンドン留学をしていたのは1900年から1903年。1903年生まれのジョージ・オーウェルが『1984年』を書き終えたのは1949年。本書に収められたイギリス滞在記がカ…

『スマホ・デトックスの時代』ブリュノ・パティノ(白水社)

表紙に浮かぶ金魚。副題も、「金魚」をすくうデジタル文明論。(ちなみに、本書の続編タイトルは「金魚鉢の中の嵐」らしい。) ある実験結果によると、金魚が継続して集中できる時間は、八秒未満。つまり、金魚は八秒後には別のことへ関心は移り、金魚の精神…

『ゴッド・セイブ・アス マドリード連続老女強姦殺人事件』ロドリゴ・ソロゴイェン

原題:Que Dios nos perdone 監督:Rodrigo Sorogoyen 今年の東京国際映画祭で三冠(グランプリ、監督賞、男優賞)を獲得した『ザ・ビースト』の監督ロドリゴ・ソロゴイェンの2016年の作品。『ザ・ビースト』を映画祭で観た直後にスターチャンネルでたまたま…

『野原』ローベルト・ゼーターラー(新潮クレスト・ブックス)

(浅井晶子 訳、新潮社、2022年) ブルーノ・ガンツの遺作となった『17歳のウィーン』の原作者でもある、ローベルト・ゼーターラー(原作本は『キオスク』東宣出版)。 前作『ある一生』も新潮クレスト・ブックスより刊行され好評のようだが(私は未読)、本…

『あのこと』オードレイ・ディヴァン

女性だけが子供を産めるという事実を、私たちは「どれだけ」知っているのか。それが何を意味するかを、男性は「どうやって」知るのか。おそらくそれは、出産を描いた作品からは得られないものなのだと思い知らされた。絶対に産まないと決意した女性の闘いの…

『切手デザイナーの仕事』間部香代(グラフィック社)

本書のタイトルは『切手デザイナーの仕事〜日本郵便 切手・葉書室より〜』。最初、副題に「?」となったものの、冒頭に説明がある。 「切手デザイナーという職業がある。 彼らは日本郵便の職員で、現在8人。 1年に約40件発行されている特殊切手、そしてもち…

『マザーズ(Shelley)』アリ・アッバシ

原題:Shelley 監督:Ali Abbasi 『ボーダー 二つの世界』でカンヌある視点部門グランプリを受賞し、今年はカンヌのコンペに『Holy Spider』が選出された(女優賞を獲得)アリ・アッバシの長編デビュー作。 ジャンル映画の意匠をまとっているように見せかけ…

『自殺の思想史』ジェニファー・マイケル・ヘクト(みすず書房)

筆者は、自分の友人の自殺を契機に、現代の私たちが生と死に対してどのような認識をもっているかについて歴史と哲学の観点から研究を進めていった。それを発展させ、自殺がどのように社会で、学問や芸術の領域で考えられてきたのかを分析することで、自殺と…

『VORTEX』ギャスパー・ノエ

原題:Vortex 監督:Gaspar Noé (フランス映画祭2022にて鑑賞) エンドロールから始まり、クレジットには氏名と共に生年が提示される。 開巻しばらくすると、画面は二分割される。その二つの画面は別の人物を追うこともあれば、一画面と変わらぬ画にただ「…

『みんなが手話で話した島』ノーラ・エレン・グロース(早川書房)

現在では有名なリゾート地となっている、アメリカ東海岸マサチューセッツ州のマーサズ・ヴィンヤード島。そこでは、20世紀初頭まで、遺伝性の聴覚障害をもつ人が多く存在し、誰もが(聾者、健聴者かかわらず)ごく普通に手話を使って話していたという。そう…