『ハンナ・アレント 全体主義という悪夢』牧野雅彦(講談社現代新書)
「アレントをまだ一度も読んだことのない人に、そのエッセンスをわかりやすく説明する」という編集者から与えられた課題に応えるように、100頁ほどのコンパクトに凝縮された内容は、アレントが語った全体主義の本質に触れる好機を与えてくれる。
一気呵成に書き上げられたかのような本書は、アレントの思想そのもののとば口へと引き寄せる。本書には「全体主義という悪夢」という副題も付されているが、必ずしも全体主義といった大きな枠組を解明するに留まらず、それらを構成する(あるいは産出する)個人の有り様を、アレントの思想から描き出す。
アレントのいう「大衆」の解説において筆者は次のように述べている。
「互いに無関係な人間が寄せ集められ、塊のように積み重なっている。物理的に近接していても、お互いのことを知らないし関心をもたない。隣にいた誰かがいなくなっても気にも留めない。満員電車や都会の雑踏でわれわれが日常的に目にしている光景から、貨車に押し込められて絶滅収容所へ送られるユダヤ人との間の距離はそれほど遠くないかもしれない。」
また、アレントの『過去と未来の間』から次の引用がある。
「しばしば指摘されていることだが、長期にわたる洗脳状態から確実にもたらされるのは一種独特のシニシズムである。すなわち、いかなる真理であれ決してそれを信じないという態度、どんなに明白に立証された真理でも決して真理とは認めないという態度である。」
*本書の巻末に収められた「読書案内」によると、アレントの『人間の条件』は講談社学術文庫から来年(2023年)に著者(牧野雅彦)による翻訳版が刊行される予定とのこと。