『White Eye(白い自転車)』Tomer Shushan

原題:White Eye

監督:Tomer Shushan

 

ブリリア ショートショートシアター ONLINEにて観賞。(1月11日まで配信

 

アカデミー賞の短篇映画賞にもノミネートされた本作。20分弱の本編はワンカット。夜のT字路で交錯する人生が語る「正義」の不条理。短篇という形式、長回しという手法、それらが物語る内容の密度を高めた傑作。

 

盗まれた自分の自転車を発見し、取り戻すために警察に相談したり、近くに居た男に助力を仰いだりしているうちに、その自転車の現在の「持ち主」が現れる。ショートフィルムは、人物にしろ状況にしろ説明がない/少ないことが、弱みにも強みにもなる。本作ではそれが訴求力となって観る者をその場に立ち会わせ、主人公の青年を追うカメラは私たちの眼となり足となる。長回しはカメラが映し出す対象への凝視に集中するのみならず、凝視の外部になった世界で起こった事柄を事後的に提示する。その遅れは視ることがもつ犠牲を突き付ける。視点や視野が必然的にもつ盲点、つまり無意識の排除の力を感じる。

 

自分の感知し得ぬところで起こっている悲劇は、自分が関知しないで済んできた現実であるから、存在していない裏側だった。自らに起こった悲劇(自転車を盗まれた)こそが自らの感知する全てであったからこそ、迷いなく正義を主張できたのだが、それはあくまで社会の一断面に過ぎなかった。「全知」たる警察に助けを求めたとき、自らが関知しない「正義」の裁きが発動する。視点が行為の当否を決めることを、ワンカット=単一視点の継続として立ち会ってきた自分たちの現実から識る。

 

青年が最後にとった行動は、結果だけが示される。想像することが課せられる。判断の根拠は視点の在処に求められる。しかし、もう青年はいない。視点が落ち着くべき場所などもう、何処にもない。

 

White Eye (Short 2019) - IMDb