『アホウドリの迷信 現代英語圏異色短篇コレクション』(岸本佐和子、柴田元幸 編訳)

アホウドリの迷信 ――現代英語圏異色短篇コレクション SWITCH ...

(発行:スイッチ・パブリッシング、2022年)

 

短編小説アンソロジーである本書には、岸本と柴田の両名がMONKEY23号(2021年春)の特集「ここにいいものがある。」のために選んで訳した各三作家の作品に、単行本用に新たに一作家一作品ずつを加えて収められている。選択基準は「日本でまったく、もしくはほとんど紹介されていない(雑誌に一短篇がすでに載ったあたりまでの)作家であること」とのこと。テーマ的な縛りはいっさい設けなかったそうだが、圧倒的に女性作家が多く(7対1)、「ガチガチのリアリズムではないがさりとて幻想へ行きっぱなしでもないような作品が中心」に。

 

興味深いのは、岸本・柴田の訳した作家が一人ずつ載るごとに「競訳余話」と称した短い対談が組み込まれていること。二人がそれぞれ訳した二人の作家の作品を続けて読み、その二人の作家について語る二人の翻訳者の対談を読む。とても贅沢な楽しみ方が用意されている四幕構成のような素敵な本に仕上がっている。

 

ルイス・ノーダン「オール女子フットボールチーム」は、そのタイトル通り、女子だけで構成されたアメフトのチームに魅了された男子高生のめくるめく感応の行方が迷走しながらも高まり続ける精神世界が彩り鮮やかに描かれる。筆致の独特さゆえなのか内面世界の豊穣さゆえか、とにかく全篇クライマックスの高揚感がみなぎっている。ジェンダーとかセクシャリティとかといった問題意識が前景化しそうなところ、それらを度外視した突き抜け感が快く、主人公の青年の感性にぴったりと伴走できる心地よさはなかなか味わえるものではない。岸本氏の翻訳の力も感じさせてくれる一作。

 

書名にもなっている「アホウドリの迷信」(デイジー・ジョンソン作)は、映画化したら面白そうな物語だ。妊娠している主人公は、胎児の父親である船乗りの青年から受け取った四通の手紙を繰り返し読み返している。無意識のうち次第に起こる彼女のなかでの変化が、手紙の中で語られる「アホウドリ」の存在へと収斂していく。

「競訳余話」のなかで、デイジー・ジョンソンの短篇集について語られているのだが、他の短篇にも動物がよく登場するらしく、しかも動物に変身する話も多かったりするのだとか。「断食した少女がウナギになる話」とか「家が少女に恋する話」とか、あらすじを聞いただけでも魅力的な物語が多く、是非とも短篇集「Fen」を一冊まるごと翻訳・出版して欲しい。

 

「訳し下ろし」である二篇(ローラ・ヴァン・デン・バーグ「最後の夜」、リディア・ユクナヴィッチ「引力」)はどちらも静謐な中にも強靱な生命力を感じさせる読み応え。「競訳余話」で語られた二作の共通点としての「水」「泳ぐ」にまつわる考察のなかで、岸本氏が「女の人と"泳ぎ"には親和性があるのかな」と語っており、前述の二篇(「オール女子フットボールチーム」「アホウドリの迷信」)も"水"に関連していることを指摘。また「私はなぜかそういう話ばかり選んでしまう」とも語っており、この短篇集を読んだ私が注目した四篇がまその"水"関連作であったことの気づく。(今年のはじめ頃に読んだロベルト・ヴェラーヘンの『アントワネット』がまさに全篇に"水"が漂っていたことを思い出してしまった。あの小説に妙に惹かれたのもやはり"水"のせいだったのかもしれないな。)

 

最後の「競訳余話」には、柴田・岸本の両氏が「どうやって新しい作家を見つけるか」についての情報交換があって、とても真似は出来ないが、参考になる。やはり重要なのは「信用できる個人によるレコメンド」と「偶然(=運命)の出会い」なのかな、とも改めて思った。

 

「あとがき」には、各短篇を気に入った読者に向けて「これが気に入ったらこれもお勧め」本(柴田氏または岸本氏が翻訳した海外文学)のリストがある。これも、嬉しい。